ありふれた事件

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真部脩一、「集団行動」と堕天

 真部脩一が新たに、といっても今年の7月位に結成したバンドのアルバムをやっと聴く。バンド名は「集団行動」。真部さん自身が「進行方向別通行区分(毎回が解散ライブ)⇒相対性理論(途中脱退)⇒タルトタタン(ほぼリリース毎にVO,Pともに変更)⇒GAMNI(ボーカロイド)」という集団行動と程遠い経歴を積んでおいて、いまさらそれは皮肉かなと思っていたんだけれど、インタビューを見る限りどうやら本当に「バンドを一から作りたい」と考えているらしい。いや、その前に相対性理論を脱退した経緯を僕は知りたいのですが。

そんな真部さんが自分の集団行動の出来無さを戒めて?結成した「集団行動」の1stアルバムは、確かに今までの路線を継承しつつも地に足のついた曲ばかりになっていると思う。ほぼ素人であるVoの齋藤里菜さんの声質も、低く落ち着きがあって心地良いし、何より真部&西浦のコンビがちゃんとVoを支えようとしている気がして今までにない「バンドとしての一体感」を感じた。

ただ、それが僕をみたいな古いタイプの真部ファンにとって良きことなのかはちょっと分からない。

これは僕の勝手な感想だけれど真部さんはどこか「女性ヴォーカルを良い音の出るスピーカー」としてしか見ていないところがあって、それが今までの楽曲のポイントだった思う。例えるなら神と巫子の関係の関係に似ている。神(真部)は自分の意志をそのままぶつけるし、巫子(Vo)はそれを上手く他の人々に伝えることだけ仕事で、両者はすり合わせをしないのだ。巫子の意志なんて入る余地がない。だからこそ、相対性理論やタルトタタンは聴く者が聴けば「啓示」としか受け取れないような、強烈で鮮烈なインパクトを持っていたのだろう。

 

※この辺の話は別の日記で詳しく書いてます。

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じゃあ集団行動はどうなのかというと以前の曲にあるような不思議な神々しさはほとんどない。作風とかクオリティ自体が変わっているわけではないのだけれど、何かがまるっきり変わってしまった。なんというか雰囲気が近すぎるのだ。しっかりメンバー同士がコミュニケーションをして意見を合わせつつ二人三脚で作った感がある。だから「啓示」を期待していた僕からすると正直ちょっと物足りない。

たぶん真部脩一は堕天したのだ。天上人として意志を伝えるだけより、下界の民と手を取り合って音楽を作っていく事に強く惹かれた、という事なのかもしれない。ただ、昔から堕天にはリスクが付き物で、真部さんもちょっと独善的とも思えるような神々しさを失ってしまった。この調子だと、僕等を熱に浮かせた「あの感じの楽曲」はしばらくは出てこないだろう。

とはいえ、僕は真部さんの作風が今も好きだし、果たして「本当に集団行動できるのか?」という事も含めて「集団行動」の今後を楽しみにしている。

 

 

集団行動

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